近代以降
昌原郡の管轄下に置かれた地域である。朝鮮半島南部の要港として着目した日本によって町が造られ、市の中心部にあるロータリーをはじめ随所に往時の日本の都市計画の姿を偲ぶことができる。都市建設と同時に、旧日本軍のシンボルである桜が大量に植えられ
鎮海の桜としても有名になった。港は
日本海軍の軍港都市として発展した。
1931年に昌原郡鎮海邑に昇格した。韓国独立後は、
1955年市制施行され、韓国最大の軍港都市となり海軍司令部や海軍士官学校が設置されている。毎年4月に軍港祭が開かれる。