ヴァイオリン奏者のギレッティに楽理を師事。最初の
オペラ《
La Locanda de vagebon-di》は、パエールがまだ16歳の時に出版され、その他のオペラもそれに続き、たちまちイタリア全土にその名が轟いた。
1797年に
ウィーンに赴く。同地では、パエールの夫人で声楽家のリッカルディが、オペラ歌手として契約中であった。同地でパエールは一連の自作のオペラを上演し、その中に《
La Camila ossia il Sotteraneo》(
1799年)と《
A chille》(
1801年)が含まれていた。
1803年に
ドレスデン宮廷劇場の専属作曲家に任命され、パエール夫人も歌手として雇われた。
1804年には
選帝侯より終身宮廷楽長の称号を贈られる。