イギリス領時代の
1911年、
カルカッタから
デリーにインドの行政府所在地が移された。その際に、デリー市街(現
オールドデリー)の南方約5km程の場所に行政都市として建設されることとなった。これがニューデリーの始まりである。都市計画はイギリス人
エドウィン・ルーティエンスによって行われたため、道路は整然と配置されており、沿道は大きく育った街路樹と庭園の緑に包まれている。また、建物もイギリス植民地様式が多くなっている。街の東西の軸がラージパト(Rajpath, 「王の道」の意)と呼ばれる大通りである。これはインド門(India Gate, 第一次世界大戦出征記念碑)から大統領官邸(Rashtrapati Bhavan)まで続いている。両者を焦点として放射状に街路が延びている。
コンノートプレイスは放射状街路がつくり出すもう一つの焦点であり、商業業務の中心となっている。