金魚は
長江下流域の
浙江省近辺が発祥の地とされている。魚類の飼育としては最も歴史があり、中国では
南北朝時代には既に飼育されていたが、当時はまだ一般的ではなかった。養殖が盛んに行われるようになったのは
宋代に入ってからであり、
明代には品種も増えた。中国の金魚は長らく
皇帝・
皇族・
貴族・
士大夫らによって飼育・愛玩されてきたものであった。このため
景徳鎮の
陶磁器などとともに
文化大革命においては「旧文化」として非難・攻撃・破壊の対象となり、生産・流通・飼育とも壊滅状態に陥った。生産者や関係者、更にその家族まで
帝国主義者として吊るし上げられ、浙江省の養魚場も破壊された。金魚も大量に殺され、中でも貴重な系統の親魚が多く失われたことから金魚生産は回復不能なほどの大打撃を受け、その歴史は断絶。生産手段や技術もほとんど失われたため、金魚生産で生計を立てていた人々が多かった地域では文革終結後も経済的に非常に苦しい状態が続いた。
1978年8月に
日中平和友好条約が調印され民間の日中交流が拡大すると、日本の金魚生産者が浙江省などに出向いて親魚の提供や技術移転を行い復興に協力し、間もなく日本のような大量生産も始まった。庶民に流通するようになったのは
改革開放政策実施後のことである。現在は中国伝統の
特産物の一つとされるのみならず日本や欧米への輸出品として、生産者は政府の支援を受けるに至っている。
中国において「金魚(きんぎょ)」の発音は、「金余(きんよ)」と現地の言葉の発音が非常に似ているため、縁起のいいものとされ、現在でも広く愛玩される背景の一つとなっている。お
金が
余るほど儲かるようにという願いをこめて店の軒先に金魚、またはその置物を置くところもわずかではあるが存在する。日本でいえば、
招き猫か軒先に
塩を盛るのと似たようなものである。