ウイルス (
virus) は、他の生物の
細胞を利用して、自己を複製させることのできる微小な構造体で、
タンパク質の殻とその内部に詰め込まれた
核酸からなる。ウィルス、ビールス、ヴィールス、バイラス、ヴァイラス、濾過性病原体、病毒と表記することもある。
生命の最小単位である細胞をもたないので、生物学上は非生物とされている。
ウイルスは
細胞を構成単位としないが、
遺伝子をもち他の生物の細胞を利用して増殖できるという、
生物の特徴を持っている。現在でも自然科学は生物・生命の定義を行うことができておらず、便宜的に、細胞を構成単位とし、代謝、増殖できるものを生物と呼んでおり、細胞をもたないウイルスは、非細胞性生物または非生物として位置づけられる。あるいは、生物というよりむしろ"生物学的存在"といわれる
[マシューズ、ホルダ、アハーン『カラー生化学』西村書店刊、2003年5月15日発行(16ページ)]。しかし、遺伝物質を持ち、生物の代謝系を利用して増殖するウイルスは生物と関連があることは明らかである。感染することで宿主の
恒常性に影響を及ぼし、病原体としてふるまうことがある。ウイルスを対象として研究する分野は
ウイルス学と呼ばれる。ウイルスの起源にはいくつかの説があるが、
トランスポゾンのような動く遺伝子をその起源とする説が有力である。
Virus は
ラテン語で「
毒」を意味する語であり、
古代ギリシアの
ヒポクラテスは病気を引き起こす毒という意味でこの言葉を用いている。ウイルスは日本では最初、日本細菌学会によって「病毒」と呼ばれていた。1953年に日本ウイルス学会が設立され、本来のラテン語発音に近い「ウイルス」という表記が採用された。その後、日本医学会が
ドイツ語発音に由来する「ビールス」を用いたため混乱があったものの、現在は一般的に「ウイルス」と呼ばれている(「日本ウイルス学会が1965年に日本新聞協会に働きかけたことによって
生物学や
医学分野、新聞などで正式に用いる際は、ウイルスと表記するよう定められている。」という説もあるが定かではない)。また、園芸分野では植物寄生性のウイルスを英語発音に由来する「バイラス」の表記を用いることが今でも盛んである。
微生物学の歴史は、
1674年に
レーウェンフックが顕微鏡観察によって
細菌を見出したことに始まり、その後
1860年に
ルイ・パスツールが
生物学や醸造学における意義を、
1876年に
ロベルト・コッホが医学における意義を明らかにしたことで大きく展開した。特にコッホが発見し提唱した「感染症が病原性細菌によって起きる」という考えが医学に与えた影響は大きく、それ以降、感染症の原因は
寄生虫を除いて全て
細菌によるものだと考えられていた。まだ病原菌が発見されていない病気も、顕微鏡を用いて発見されるのは時間の問題だと思われていた。しかし
1892年、
タバコモザイク病の病原が細菌濾過器を通過しても感染性を失わないことをロシアの
ディミトリ・イワノフスキーが発見し、それが細菌よりも微小な、顕微鏡では観察できない存在であることを示した。この病原体は、その性質から濾過性病原体とも呼ばれた。またこの研究とは独立に、
1898年にドイツの
フリードリッヒ・レフラーと
ポール・フロッシュが
口蹄疫の病原体の分離を試み、これが同様の存在であることをつきとめた。同じ年にオランダの
マルティヌス・ベイエリンクはイワノフスキーと同様な研究を行って、同じように見出された未知の性質を持つ病原体を
Contagium vivum fluidum(生命を持った感染性の液体)と呼んだ。レフラーは濾過性病原体を小さな細菌と考えていたが、ベイエリンクは
分子であると考え、この分子が細胞に感染して増殖すると主張した。