フランスのモリヤンにて、
ブルガリア=
ポーランド系の家庭に生まれる。少年時代から
サッカー、
ボクシング、
レスリングなどに打ち込み、
1964年18歳の時に
パリでアンドレ"ザ・ブッチャー"ルシモフとしてデビュー。“プロレスラーになる前には
きこりをしていて、山中にいるところを
エドワード・カーペンティアに「発見」された”という逸話(
プロレススーパースター列伝など)が有名だが、事実ではない(実際、プロレスラーになる前はパリの家具運送会社に勤務していた)。“無名だった時代にカーペンティアに見出された”というのが真相である。もっとも、
南アフリカでデビュー説もあるなどフランス時代の経歴についてははっきりしない部分も多く、様々な説がある。フランス時代はモンスター・ルシモフ(
Monster Roussimoff)またはモンスター・エッフェルタワー(
Monster Eiffel Tower)という名で活動。
1973年に
アンドレ・ザ・ジャイアントと改名してWWWF(後の
WWE)のプロモーター
ビンス・マクマホン・シニアと契約。しかしWWWFとは専属契約をしたわけではなく、ビンスのブッキングで
NWAや
AWAはもとより世界中の様々な団体を定期的に短期参戦して回るようになる。これは「いつでも会える怪物」は一般層のファンにはすぐに飽きられる、という
マーケティング上の都合からの判断である。実際、それまでにプロレス界に登場した怪物・怪奇レスラーは短期間で人気が衰えており、ビンスはそのあたりを懸念したものである。